第36回 農業と鉱業共存できる?NSW州ハンター地区リポ(下)

ニューサウスウェールズ(NSW)州ハンター地区にある集落、バルガ(Bulga)を訪れてから1カ月後、同ツアーを企画した環境・農業保護団体ランド・ウオーター・フューチャーから、「われわれは勝利した(We won!)」と題された電子メールが届いた。バルガの石炭鉱拡張ではないが、同地区南部のワイン産地などで問題となっている炭層ガス(CSG)開発で、エネルギー大手AGLエナジーが開発権を州政府に売却することで合意したという。

NSW州は水資源汚染が懸念されるCSG開発については、州選挙前となる昨年から、許可申請料の引き上げなどCSG開発規制の強化や交付された開発権の買い戻しを進めている。AGLはこのほど、集水域を含む6,500平方キロメートルの区域「PEL2」について、開発権の売却で合意した。この集水域は、シドニー南部のイラワラからシドニー南西部、そして北部ハンターバレーに住む人の飲料水を供給している重要な水源。AGLはさらに、バルガに近いブロークのワイン名産地、ブローク~フォードウィッチを含むハンターバレーでのCSG開発も撤回した。

バルガで「従業員総出で反対運動に参加している」と話してくれた、オリーブ油などを生産するリバー・フラッツ・エステートや、ブロークの有機ワイナリー、アセラ・エステート・ワインズなどはほっと一息ついていることだろう。

石炭鉱拡張による集団移転に直面しているバルガにも、追い風が吹き始めた。NSW州政府は今月、開発許可を付与する際の審査規定で、経済、環境、地域コミュニティーへの影響をそれぞれ平等に考慮するよう内容を改正する方針を発表した。同州政府はこれまで、環境や地域社会への影響よりも経済貢献を重視する方向に開発規制を改正したばかりで、資源大手リオ・ティントによるバルガでの石炭鉱拡張計画の3度目の提出のきっかけとなっていた。

英大手アングロ・アメリカンによるドレイトン・サウス鉱の石炭採掘計画に反対する、ハンター地区北部の競走馬の飼育業界も、州政府の方針転換を歓迎。同業界は馬の飼育地と採掘地の間に10キロメートルの緩衝地帯を置くことを求めている。

■所有できるのは「地表だけ」

農家や環境保護活動家によるCSG開発の反対運動をめぐっては、道路封鎖などによる業務妨害や敷地内への不法侵入などの強硬手段が批判されてもいる。政府の人権保護機関、人権委員会のティム・ウィルソン委員長は、農家などによるCSG反対運動を「無意味でばかげた行為」と批判する一方、現在の土地所有権の規定では、農家は農地へのアクセス権や採掘による利益分配などで資源各社と対等に商談を行えず人権の侵害にあたるとして、土地所有権の改正を主張する。現在オーストラリアでは土地の所有権を主張できるのは地表と地上の財産のみで、地下部分は政府の資産だ。政府は住民の合意を得ることなく、たとえ宅地であっても地下での採掘やトンネル工事などを自由に行うことができる。

ウィルソン委員長は、地下部分の所有権を農家に与えていないことで、農家は資源企業との適切な交渉機会を得られず、そのことが農家を違法で強硬的な反対運動に向かわせているとの考えだ。

■農地残す意義

バルガでは、長く鉱業と農業が共存してきた歴史を踏まえて、表面の農地を残せる坑内採掘鉱を支持している。広大なオーストラリア大陸は大部分が砂漠で、水と肥沃な土地に恵まれた農地は多くない。バルガの石炭鉱拡張で問題となっているのは露天採掘という方法で、採掘地は農地として再び利用できなくなることにある。環境保護だけでなく、食料ブームの登場で、将来の安定供給や経済的なメリットからも肥沃な土地と水資源は残すべきとの考えが広がりつつある。連邦政府が今月、NSW州のウオーターマーク炭鉱プロジェクトに開発許可を与えたことが話題になったが、開発予定地が農業拠点リバプール平原にあることが理由だ。同地区は肥沃な黒土に恵まれ収穫が全国平均よりも4割多いが、同鉱は農地を削る露天掘りだ。

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