第12回 悩ましき5頭の生き残り
2012年11月26日。一通の告発状が宮崎地検に提出されました。告発人は全国の畜産農家43人の連名。告発されたのは、10年5月当時の宮崎県知事、農林水産部長、家畜改良事業団の理事長。罪名は家畜伝染病予防法違反行為。
これに先立つこと2年、口蹄疫終息宣言直後からすでに県への責任追及は始まっていました。宮崎県の口蹄疫被害農家が中心となり、宮崎県の「家畜伝染病予防法無視の姿勢そのもの」が、日本の畜産を壊滅させかねない危険な違法行為であったことを白日の下にさらそうとしていました。
10年4月から6月まで口蹄疫が大流行した時、宮崎県は特に優秀な種牛6頭を「特例措置」の名目で県の北西部に待避させました。その行為について、「(宮崎県は)宮崎県の保有する種雄牛だけは何とか残したいとの思いから、防疫のための基本法である家畜伝染病予防法の規定を曲げてまで、種雄牛の保存を強行しようとした」と告発状は述べています。
農家の代表団は東国原英夫県知事(当時)に対して、一連の経緯における責任の所在を明確にした上で責任者の引責を求めました。しかし、任期満了を7日後に控えていた知事の対応は鈍く、会議は消化不良のまま打ち切られます。東国原氏は都知事選出馬のために宮崎県から姿を消します。その直後には東北大震災が起こりました。日本全土を覆った混乱の中、口蹄疫など取るに足らない災害であるという多方面からの圧力を受け、問題は一挙に風化に向かいました。

■告発の行方
種牛6頭の移動日は5月13日正午過ぎ。ところがのちに、匿名の内部告発者からある写真が提供されました。よだれ、びらん、粘膜のはく離など口蹄疫の典型的な症状をしめす牛。撮影場所は県の家畜改良事業団の農場。撮影日は5月12日。
もし移動時にすでに同一農場内に患畜が出ていたとすれば、いかなる「特例措置」も許されません。口蹄疫ウイルスの感染力は強力で、一頭でも感染牛が出れば必ず農場全体が感染するので全頭殺処分が鉄則です。それどころか、第3回の本コラム(昨年8月9日号)で紹介したように、まだ感染していない地域に先回りし、家畜のいない空白地帯を作るために健康な家畜をすべて殺す手だてまで必要なのです。そのようにして29万頭の家畜を殺し、ようやく宮崎県の口蹄疫は封じ込められました。
種牛の移動前から事業団の農場には感染牛がいたのではないかという疑惑。それを裏付けるように、移動翌日の5月14日には農場での感染が発覚しますが、県は移動後であるため問題なしとしました。ところが5月19日には移動先で肝心の種牛6頭のうち1頭の感染が発覚します。感染した1頭はやむなく殺処分したものの、再び常軌を逸した特例措置が取られました。(感染牛と接触していた)「残り5頭は殺処分の必要なし」。
いったんこのような前例ができれば、今後日本全国で防疫対策が骨抜きにならざるをえません。
■人間の繁栄のために
かくして生き残った5頭のスーパー種牛は、宮崎県の貴重な家畜遺伝子資源ではあるものの、極めて悩ましい存在となりました。
畜産農家の代表団は辛抱づよく震災の混乱が収まるのを待ち、ようやく冒頭の告発状を提出したのです。しかし、13年5月10日に地検からの不起訴処分の回答をもってこの事件は幕引きをされてしまいました。
人間の暮らしを安全な方法で豊かにするという畜産の本来の目的にたって見れば、5頭は殺すべき存在です。畜産は人間のためにある。「経済動物とはそういうものだ」。人びとの証言を集めてゆくうちに筆者はそれを学びました。畜産をなりわいとする人びとの暮らしに感傷の入り込む余裕はありません。畜産農家は日々家畜を育て慈しみます。そしてそれは、「人間の都合次第で殺す」という厳粛な義務と表裏一体をなしています。
投稿者プロフィール
最新の投稿
企画・特集2019年7月19日パースで暮らす 最終回
企画・特集2019年6月21日第44回 オーストラリアで料理、計量について知っておきたいこと
企画・特集2019年5月17日第43回 海外にいても、ゴマは家庭料理の必需品─いりごまの作り方
企画・特集2019年4月18日第42回 ココナッツオイルで甘辛焼きうどん


