第9回 美しい牛

130万1,000円。筆者の調査地で開催された先月の子牛セリで、はなこについた値段です。

はなこは、第7回の本コラム(12月13日号)で写真を紹介した「受賞牛の娘」です。今回の出場牛は834頭。平均価格は雌牛54万6,094円、去勢牛60万1,716円でした。日齢298日、体重299kgに育ったはなこについた値は今回セリの最高値で、2位には40万円以上水をあけました。

繁殖用雌牛でも100万円を越える値がつく牛はそれほど多く出ません。はなこの父は現在高値を呼んでいる鹿児島県の安福久、母の父は(口蹄疫禍で殺処分された)宮崎県の名牛・忠富士です。はなこは血統だけでなく、個体のたぐいまれな美しさが群を抜いていました。

「最初から(セリ場で)目立っとったもんね」

筆者がお祝いの電話をかけたとき、電話口の向こうで繁殖農家のご主人の声は誇らしげにはずんでいました。

「でも売らんかった。県外から欲しいって来てた人もいたけどな…。はなこは跡取りにしようと思うて」

かくして、はなこは「非買」扱いとなりました。自家保留するために、最終的に出場者本人で購買したという意味です。はなこはわが家が誇る血統の担い手として、生まれた家でこれから末永くご主人と奥さんに慈しまれて過ごすことになりました。

■表現型の評価とは

売る気がないのになぜセリに出すのかと言われそうですが、子牛市は地域の和牛系統の特色が披露される場でもあります。自家保留するつもりでも、自信をもって作り上げた個体を購買者に見てもらうために出場する場合もあります。宮崎県には7つの家畜市場があり、子牛セリには全国から購買者が集まります。セリ市の数週間前に血統や母牛の成績などを掲載したセリ名簿が発行されると、購買者たちはお目当ての牛に狙いをつけます。そしてセリ当日に現場で実物を見たときに、血統書だけではわからない個体差による出来不出来が確認できます。はなこのように130万円出しても欲しい個体かどうかが、そこで決まるのです。

黒毛和牛の審査標準には、「肉用種の特徴」と「種牛性」が設けられています。肉牛として評価される特徴とは、早熟で、順調に体積が増え、飼料効率が良いことを示す外ぼうです。一方、繁殖母牛としての雌牛の「種牛性」審査では、体積や体の釣り合いの良さはもとより、皮膚・被毛・角・ひづめの良さを見る「資質」や、体の輪郭・締まり・雌らしさや性質の温順さにまでこだわる「品位」が問われます。繁殖力が強い、出産間隔が短い、長命であるなどの良い遺伝的能力を、あくまでも外ぼうから推察する試みです。品評会や畜産共進会で行われる審査は、このように外ぼうの評価を遺伝的能力評価に応用する手法です。

■連続日本一となった宮崎牛

2012年10月の全国和牛共進会で、宮崎県は2007年に続いて2連覇を達成しました。和牛改良の成果を競う5年に一度の全国大会は“和牛のオリンピック”とも称されます。「肉牛の部」では食肉処理して枝肉を審査しますが、「種牛の部」では地域の和牛改良を担う繁殖用雌牛の表現型の審査が行われます。上で述べたように、外ぼうに基づいて遺伝的能力を推察するわけです。

大会では9部門のうち5部門で宮崎県の出場牛が優等賞首席を占めました。総合評価で内閣総理大臣賞を勝ち取り、宮崎牛は連続日本一となりました。大会の2年前に口蹄疫で県有の種牛の大半を失った宮崎県にとって、誇らしい快挙でした。

美しい牛─それは、地域独自の系統の特色を持つ遺伝子がしっかり固定されて完成した個体です。和牛づくりとは、血統と表現型の美しさを追求し続けることです。経済性に偏重した農政に振り回されても、未曾有の災害に見舞われても、畜産農家が捨てなかった「文化」の勝利だと言えるかもしれません。

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