第28回 日本食ブームは追い風!窯元4代目の松永武士さん

東日本大震災の発生から4年。東京電力福島第1原子力発電所の事故で被害を受けた、福島県浪江町の伝統工芸品「大堀相馬焼」を海外に広める取り組みが続いている。窯元全ての強制退去という逆風の中、復活に向けて陣頭指揮を取る窯元「松永窯」の若き4代目、松永武士さんに話を聞いた。

江戸時代から約300年続く大堀相馬焼は、3つの大きな特徴がある。まず器に左を向いた馬の絵が手書きで描かれているが、これは「右に出るものがない」という意味で縁起物。また、「青ひび」と呼ばれるひび割れが器全体で地の模様となっており、海外ではこの亀裂に「わびさび」を感じるという感想が聞かれるという。そして「二重焼」と呼ばれる大堀相馬焼にしかない珍しい技法では、器を二重にしており、器の外側が熱くならず、中身も冷めにくい構造になっている。

20代半ばの松永さんは今月、復興支援行事への参加や大堀相馬焼のプロモーションを目的に来豪。シドニー在住の日本人から、交流サイトのフェイスブックを通じて呼び掛けを受けたことがきっかけだ。松永さんは結局、関係者に直接対面しないまま、初めてのオーストラリア行きを決めたという。

「ノリで来ました」とおどける松永さんだが、フットワークの軽さは折り紙つき。大堀相馬焼のプロモーションはすでに上海、サンフランシスコ、フランスで行っており、自身が大学生のときに中国とカンボジアで起業した経験を持つ。

中国とカンボジアでの事業は順調だったが、地元への思いが強まり帰国。窯元の4代目としては、作り手として製作に集中することが従来の役割だが、それでは製作だけに時間がとられてしまうと判断。「農業もそうだが、地方(の産業)には全体を俯瞰(ふかん)できる人がいない。その中間の存在になろうと思った」と松永さんは語る。そうはいっても作り手としての実績を積んでこそ評価される職人社会。作り手に指示を出すときなど、「役割分担」という考えが浸透するまでは反発もあったという。

■軸は「デザイン」と「グローバル」

現在は大堀相馬焼のブランド企画と販売を担当する。伝統的な特徴を生かしつつ、若者の目をとらえるデザインが必要との考えから、午(うま)年の2014年にはデザイナー10人とコラボした「KACHI-UMA」プロジェクトを始めた。トレードマークである馬の絵を各デザイナーが斬新にアレンジしたもので、百貨店も取り扱う。被災地の伝統工芸品ということが注目されがちだが、松永さんは「結果的に復興に貢献できるように」とは考えているものの、「(震災の記憶が)風化した後も持続可能な商売として、ビジネスとして独立させることが先」と、経営者の顔を見せる。

松永さんが海外市場を重視するのは、国内市場が今後縮小することも理由の一つだが、海外で受け入れられれば箔が付き、大堀相馬焼が評判を高めて「日本に返ってくる」からだ。

■豪のコーヒー文化に商機?

シドニーの印象としては、作品を置いてもらえるような、日本のライフスタイル全体を打ち出す「ライフスタイルショップ」がない、と語る。また「それほど米国的でないのに驚いた。欧州など(米国的な)大量生産を好まないところでは、伝統工芸品が受け入れられやすい」そうだ。海外でのプロモーションで気をつけているのは、「現地の食生活を尊重し、押し付けないこと」。オーストラリアで大堀相馬焼が受け入れられたときには、地元を意識しオーストラリアのデザイナーとコラボしたいという。

カフェでガラスの容器に入ったラテを熱そうに持って飲んでいた松永さん。オーストラリア人はコーヒー好きが多いと伝えると、「いいですね。大堀相馬焼は持っても熱くないし、中身も冷めにくい。コーヒーに最適です」と声に力が入った。日本食ブームが和食器への関心につながるため、追い風が吹いていると言えそうだ。

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