特別寄稿 第3回 コンテナがない! オーストラリア海運労組(MUA)とは

もしあなたが経営者だったとして、自社の労働組合から「新規採用の40%は、従業員の家族や友人から選ぶこと。残りのうち30%も従業員が作った候補者リストから選ぶこと」という労働協約への署名を求められたら、どうしますか。この条項は、実際にオーストラリア海運労組(MUA)が港湾事業者のハチソンと締結している労働協約の内容です。

今年、世界銀行とIHS Markitは、世界のコンテナ港のパフォーマンスにおけるランキングを発表しました。それによると、全351港中、メルボルン港は313位、シドニーのボタニー港は327位と、ともに最下位レベルであるとされました。オーストラリア自由競争・消費者委員会(ACCC)は、この原因は新型コロナだけでなく、港湾の低い生産性や高いコストにあるとし、さらに、この背景について、「労使関係が極めて重要な役割を果たしている」と指摘しています。

冒頭の労使関係の合意は、なかなかインパクトのある内容だと思いますが、なぜMUAはこのような条項を要求したのでしょうか。これを理解するには、歴史を紐解く必要があります。

ボタニー港パトリック・ターミナル(著書撮影)

■港湾労働者のマイト(Mate)精神

コンテナ普及前の港湾荷役は、重労働であっただけでなく、常に危険と隣り合わせでした。マルク・レビンソン著「コンテナ物語 世界を変えたのは『箱』の発明だった」によると、港湾荷役は、蒸し風呂のような船倉、凍りつくような甲板、雨で滑るタラップでの力仕事で、怪我をする確率は、建設業の3倍、死者も多く発生する仕事だったとしています。また、雇用はひどく不規則で、ある日は港湾に集まった労働者全員に仕事があるが、翌日には仕事も収入もない、といった労働環境でした。このような環境から、世界各港の荷役労働者たちは、信用できる仲間同士での結束を強めていきました。彼らは港湾の近くで生涯を過ごし、父も息子も兄弟も叔父も従兄弟も港湾労働者ということが珍しくなかった、といいます。特に周りを海に囲まれ、かつ歴史的背景から労働運動が盛んだったオーストラリアでは、他国以上に結束が強くなり、MUAのような強力な労組ができあがった可能性があります。

このような歴史的背景を理解すると、冒頭の「家族や友人から雇用すること」という条項も、MUAからみれば、あくまでこれまでの雇用形態の継続を求めている内容だということがわかると思います。代々港湾の発展に貢献してきた港湾労働者が雇用確保に必死になるのも当然かもしれません。他方、MUAのウォーレン・スミス副総書記は、冒頭のハチソンとの労働協約が合意した今年7月、「今後、採用は経営陣の裁量に委ねられない」とし、「(この合意が)オーストラリアだけでなく、世界中の業界の新しい基準となる」と述べており、現代においては、この協約が世界的にもかなり踏み込んだ内容だと自認しているようです。

なお、冒頭のMUAとハチソンの協定には、「機械化や技術の導入、あるいは作業方法の変更をしても、従業員を解雇しない」という合意も含まれています。

■現状

MUAは、オーストラリアの港湾で40%のシェアを占める最大事業者のパトリックに対しても、同様の合意を求め、激しく対立しています。2020年6月に前回の労働協約が失効して以降、MUAとパトリックは合意に至らず、MUAはボタニー港だけでも20回以上の労働争議を繰り返してきました。ACCCは、各港湾事業者が先進設備配備やIT対応のために10億豪ドル(約831億円)を超える投資をしてきたことを認めつつ、労働協約により適切な技能者を雇用できず、自動化しても港湾のパフォーマンスがなお世界最低レベルにあると指摘しています。新型コロナの影響もあり、各港では、入港に最大9日の遅れが生じており、スケジュール遅延を回避するため、港湾への入港をスキップする船もある状況です。

雇用管理が経営者側の裁量に委ねられない状況になると、どのように影響が及ぶのか、オーストラリアの港湾では、組織と人材に関する壮大な社会実験をしているようにも思えます。

MUAは、パトリックに対し、さらなるストを宣言していましたが、ここにきて経済界や政府の風当たりが強くなり、12月10日までのスト中止に合意し、若干の歩み寄りを見せています。パトリックがMUAの要求をのめば、当座のストは回避できますが、生産性や荷主へのコスト転嫁といった悪影響があると想定されます。

協議の行方に注目が集まっています。

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