第8回 都萬牛(とまんぎゅう)

宮崎県内では昨年4月以来、新しい牛肉ブランドが話題になっています。「都萬牛」と書いて「とまんぎゅう」。「都萬」は本来「つま」と読み、妻の意味です。

宮崎県は神話の国。宮崎県と鹿児島県の県境にまたがる高千穂峰に降臨したニニギノミコトは、この地で出逢ったコノハナサクヤヒメを妻に迎えます。宮崎県のほぼ中央に位置する西都(さいと)市には、天孫の妻となったコノハナサクヤヒメを祭る都萬(つま)神社があります。都萬牛は、この地域の和牛繁殖農家が「本当においしい牛肉の味」を提供するために市場に送り出したブランドです。

都萬牛は、子牛生産もかねる新しい肉用牛経営構想から生まれました。その構想の最重要ポイントは雌牛、それも若雌ではなくお産を経験した雌牛です。

■母としての資質がなくても

先月のコラムでは、繁殖農家を悩ませる「母としての資質がない」雌牛の問題を取り上げました。高値で売れる子牛を順調に産んでくれない雌牛は経営を圧迫します。生産性の低い母牛はクズとみなすしかありません。クズは原価を割っても手放すしか道がないというのが、繁殖農家の厳しい現実でした。

ところが、この「クズ」の定義自体を立ち止まって見直した人々がいました。西都市で長年臨床獣医師として繁殖農家の暮らしを知り尽くした矢野安正さんと、地元の和牛繁殖農家たちです。

1産か2産させて子牛を取り、そのあと独自に考案した餌を与えて肥育する。サシ(脂肪交雑)を増やして脂のうまみに頼ろうとするのではなく、赤身の肉自体にうまみとコクがある牛肉の味に戻ろうとする肉づくりです。サシに偏重した和牛の味に倦(う)みはじめた現代人のニーズに合えば、成牛市で安値で手放すより、あと数ヶ月辛抱して肥育すれば経営を改善することができます。

矢野さんたちは、その味を実現できる資質を33ヵ月から48ヵ月齢までの経産の雌牛に求め、宮崎大学農学部の入江正和教授(動物生理栄養学)の指導を受けて独自の餌と肥育法を開発しました。母としての資質がなくても、長年の改良が蓄積された和牛の遺伝子なればこそ、おいしい肉になる資質はどの個体にもあると考えたのです。

■和牛「赤身肉」の味

「都萬牛は低脂肪で赤身主体の牛肉ですよ」

そう聞いて外来種の赤身牛肉をイメージしていた筆者の予測は、見事に外れてしまいました。

都萬牛の肉には美しいサシが入っています。あえてサシが増えない餌を与えていますが、いまでは国内の和牛には放っておいてもサシがある程度入る遺伝形質が定着しています。赤身肉とはいえ、適度なサシの入る和牛肉の基本は変わりません。

歯ざわりは柔らかく、上品な脂の甘味がしっかりする。そして赤身の肉の味が濃い。筆者が体験した都萬牛の味です。おそらくこれが、日本の消費者に最近好まれている「赤身主体の」和牛肉の特徴だと言えるでしょう。霜降りを売りにするA5~4等級の肉とは違う魅力があります。

サシの入りを抑えているので、都萬牛の格付けはA2からA3。A5を頂点とする格付けで値が決まる既存の販売ルートに乗せては意味がありません。有志が出資し、生産から流通・販売まで手がける会社を立ち上げました。今後の課題は販路の拡大です。

輸入肉との競争や飼料の高騰にさらされて畜産経営は厳しい状況です。けれども、力まかせで大規模経営に転換させる効率化対策では、小中規模農家の生活と経験知は断たれてしまいます。

「畜産は何でこんなにもうからないんだろう。労働に見合った収入を得る経営方法はないものか…。長年のこの思いが都萬牛の原点です。同じような試みをする人が続いてほしいですね」

矢野さんたちは、政治家や官僚によって使い古された「強い農業づくり」という言葉に、いま生産者側からの新しい発想を吹き込もうとしています。

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