豪産和牛、品質に妥協なし 和牛専門牧場経営 鈴木崇雄さん インタビュー
オーストラリアのニューサウスウェールズ州エバンス・プレインズで純血和牛専門の牧場を経営する日本人がいる。鈴木牧場の鈴木崇雄さんだ。鈴木さんがオーストラリアで和牛繁殖牧場を始めたのは2006年にさかのぼる。今でこそ「Wagyu」の名は広く知れ渡っているが、鈴木さんの来豪当時は誰も知らない遠い国の牛の品種の1つだったという。現在、経営する牧場の広さは東京ドーム180個分、面積も飼育牛数も当時の5倍以上となった。ちょうど15年目に当たる今年、オーストラリアの和牛市場はどう変化したかを中心に、話を聞いた。【ウェルス編集部】
─鈴木牧場ではどんな牛を育てていますか?
うちは100%純血のフルブラッドの和牛を専門に繁殖から育成、肥育まで一貫して行います。また昨年の3月この場所に移ったのですが、フィードロットライセンスという、肥育のライセンスがこの牧場に付いているのと、ある程度牧草や穀物生産をやってきた経歴のある肥えた土地なので、飼料の自給も行っています。牧場の広さはトータルで約2,000エーカーです。
昨年、牧場の移転と干ばつ、コロナの影響で牛を販売しました。そのため現在肥育しているのは140頭くらいです。このほかに繁殖牛は380頭で、現在は合計520頭います。さらに牧場の拡大を地元自治体に申請しており今年は肥育牛を300頭程度にし、計680頭にする予定です。
肥育は2年間なので、年間150頭程度を出荷します。うちはもともと中国と中東にも出荷していたのですが、中国は今輸出ができなくなっており、大部分は国内向けです。
―中国への出荷停止は豪中紛争の影響ですか?
そうです。回復する兆しがないですね。認定屠場から出荷できなくなって、全てが凍りついています。中国はいろいろな業者が挑戦していますが、失敗も多いですね。エルダーズなども撤退していますし、中国市場自体がそんなにイケイケではないですね。
うちは必要な分だけを送るという形をとっています。中東も高級な特定部位しかいらないという状況なので、中東向けに生産するというより、生産できた中のいく分かをあちらに送るという形です。ですから8割5分くらいは国内向けですね。
―鈴木さんがオーストラリアで和牛の畜産業を始めて15年経ちました。国内の市場環境は変わりましたか?
変わっていないです。和牛への認知度は上がりましたが、市場のサイズは同じです。この国の和牛の生産は結構特殊で、大手のフィードロットが生産しているのはほとんどが交雑種です。交雑種は多くが輸出向けで、余剰分が国内に回ります。輸出が好調だと国内供給が減り、その逆も発生するという関係です。
シドニーなどでは和牛のレストランがここ数年でものすごく増えましたよね。国内の需要は強いですが供給が安定しないため、市場サイズは変わらないという状況です。
―需要はあるのになぜ国内市場は拡大しないのでしょう?
うちみたいに小規模でフルブラッド和牛を生産するところは少なく、大規模な会社がやるとどうしても品質にばらつきが出ます。利用者側にとって高品質の和牛を安定して手に入れにくいという点があると思います。顧客はいるのですが、商品のある時とない時の差が激しい。それだとやっぱりお客さんにはつながりません。国内市場は川下で口を開けて待っているしかなくて、供給を川上でコントロールしているのは大手の畜産会社です。そして供給を決定する基準は為替や海外の動向などで、国内市場が左右される要素は沢山あります。
―和牛に対する認知度は変わりましたか?
和牛の認知度は大きく上がりました。ただ一方で、誰も彼もが「日本の和牛」だからといって飛びつくことはなくなりました。
かつて日本側はオーストラリア市場を軽視していたと思います。日本は和牛A4、A5という等級の肉を送ってきたのは良いのですが、同じ等級でも味も脂も違う。ランクで言えば8番から12番までA5というカテゴリーに入ります。味も違いますし。それらをひとまとめにしてA4、A5として販売しようとした時に、こちらのお客さんからは味が安定している方が良いという声が出ました。
また、オーストラリアの熱心な業者が日本に行って農家と話をし、その育成のこだわりを聞いて、これが欲しいと言っても結局輸入できませんでした。日本の流通の問題や、輸出認定屠場の問題、頭数が集まらないという問題がありました。豪州側がやむを得ないと妥協して契約しても、送られてくるものがやっぱり品質にばらつきがあるという話になりました。
日本和牛の神話じゃないですけども、日本の和牛は素晴らしいと言われていたのが、だんだん現実的になってきて、脂の塊があり歩留まりも悪い、値段は高いが品質は安定しない。また、こちらの要望が実現しないということから「じゃあ、いらない」となる。そういう点からやっぱり、十分に市場調査をして、こちらの業界がどこまでシビアなのか、日本の和牛が良いから売れるという考え方ではなくて、もうちょっとこちらの消費者のニーズに応えた方が良かったのかなっていう思いがあります。
―日豪の生産方式の違いは?
オーストラリアの大規模フィードロットは一頭一頭の利益は少なくても、たくさん飼うことによって経営を成り立たせていると思います。一つの枠の中に250頭ほどの牛が入っていて、いつでも餌が食べられる状態にしておく方式でしょう。強い牛もいれば弱い牛もいるので、この方式は、例えば3割取りこぼしても7割の平均を上げることで儲けを出すという考え方だと思います。うちは4頭を1枠に入れ、1頭1頭に食べムラがないようにして全体の質を上げていくやり方です。
例えば牛5,000頭の肥育農家が、フルブラッドの和牛でマーブリングスコア9プラスの発生率は10~15%程度です。しかし、うちはすべての牛に目を掛けることで、95%以上を目指しています。ということは、質の高い肉の生産量は肥育500頭でも同等なのです。低いスコアの肉を売らなければいけないというストレスを抱えるよりは、均一に高品質を追及する方が良いと思っています。
また、質を高める工夫をすることに事業の面白さがあると思います。オーストラリア人では絶対に思いつかないようなことをやっているという自負もあります。別に方法を隠す訳ではないし、すべてオープンにしますが、「でも君たちにはできないでしょ」という思いがどこかにあると思います。国民性ですかね(笑)。
さらに、先ほどの認知度の上昇の話にもつながりますが、市場の目はかなりシビアになっています。マーブリングスコア8や9だけで売れるほど甘くない。幸いにして、うちのブランドはハードルを上げてしまったこともあって、良い物を作り続ける必要がありますね。ブランドのレピュテーション(評判)を保つためにも品質の妥協は一切ないですね。
良いものを作るために求められることと、多く作ることに求められることは全然違うことです。オーストラリアはやっぱりたくさん作るため効率を上げることを求めているのでしょう。
―現在、牛の価格が過去最高水準になっています
今牛を買って、大きくして売ろうという人たちが大勢いますが、牛が市場に出てこないですね。干ばつで母牛となる牛が全部販売されてしまっているので、今年から急に頭数が増えることはまずない。落ち着くまでには時間がかかると思います。うちも干ばつで、肥育途中の牛を処分しましたが、母牛は替えが効かないのと、幸い水があったので繁殖牛は残しました。水は牛を太らせないので、水を買うということは非生産的ですね。また、飼料の価格も上がりました。牧草も作ることにしたのはそのためです。牧草を買う価格は、作るコストより安い場合もありますが、やっぱり自分の所で作ることが今後の干ばつリスクに対し緩衝材になる。人に頼っていると、自然災害時にはどうやっても手に入らないというようになってしまいます。
―山火事や干ばつなど、オーストラリアでの牧場経営の条件は厳しいのですね
厳しいです。これまでに楽だった時期は一回もないですね。日本の農業のように守られているということもありません。日本は価格などが決められていて、協会の言うことを聞いてやっている限りは困窮することはないですよね。しかしオーストラリアはそのような仕組みはなく、確実といえる要素も一切ありません。自分で考えてやるしかないですね。
ただ、日本のやり方では農家の可能性が広がらないですよね。日本の農家の技術や知見があれば、海外でもっとチャンスが広がると思います。和牛にしても本気で輸出に注力すると宣言できる日本の農家がどれほどいるのでしょうか。かつて日本で豪産和牛が話題になった時に、市場を荒らすとか、種も勝手に持ち出されたとかの内向きの話ばかりが先行しました。日本由来の商品が世界のどの立ち位置にいるのか知ろうとしない。
オーストラリアが肉を輸出できる国の方が、日本が輸出できる国よりも多い訳ですから、日本の技術を持って来て、こちらで生産するやり方は将来が広がる可能性があると思います。両者の資質が不十分であればあり得ませんが、そうではないのですから、ある程度手間暇がかかってもやる価値はあると思うのです。それがやっぱり、日本の農業従事者、特に若い人たちの希望にもなるのかなと思います。
―今後の夢はありますか
やっとこの牧場で最終形というか、肥育もきちんとした形でできそうなので、いままでの経験してきたことを確固とした形で出せれば良いかなと思います。品質の良いものを作れば、和牛の牧場としての経営ができるっていうことを示せればよいですね。血統にこだわって、繁殖から肥育まで全部一貫でやり、販売までできることを証明するというのが夢ですね。そうすればオーストラリアに存在する和牛の能力が高いことも示せるだろうし、オーストラリアの牛もやり方次第では質がここまで伸びるのだということを見せたいと思います。(聞き手=湖城修一)
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