第85回 植物工場は第二の自動車産業になれるのか  ~日本農業は「農産物」ではなく「レシピ」を売る時代へ~

異常気象の頻発や人手不足の深刻化を背景に、植物工場が再び注目を集めています。しかし植物工場は新しい技術ではありません。日本では長年にわたり研究開発と商業化が進められる一方、多くの企業が撤退も経験してきました。なぜ今、植物工場が再評価されているのでしょうか。日本政府の政策動向や豪州事例を踏まえ、その可能性と課題を考察します。

異常気象と人手不足が迫る農業の転換

日本政府は近年、施設園芸や植物工場をはじめとする環境制御型農業、スマート農業への支援を強化しています。背景にあるのは、食料安全保障の強化、人手不足への対応、そして異常気象への適応という課題です。農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を掲げ、2050年を見据え、環境負荷の低い次世代型園芸施設への転換を進めています。

農業は気象条件の影響を受けやすく、品質や収量の変動は長年の課題でした。その対策として発展してきたビニールハウスや温室も、近年は記録的な高温への対応が求められています。

2024年には、日本の平均気温が統計開始以来最高水準を記録し、高温障害や品質低下が全国各地で報告されました。こうした中で注目されているのが植物工場です。生育環境を人工的に管理することで計画的な周年生産が可能となり、夏場の高温や台風による生産変動の影響を受けにくく、安定供給を実現しやすい点が大きな強みです。

■土地の広い豪州でも進む植物工場投資

豪州でも植物工場への投資が進んでいます。従来、植物工場は土地の少ない国のための技術と考えられていました。しかし豪州では、人手不足や高い人件費、干ばつや猛暑への対応を背景に、大規模な植物工場プロジェクトが進められています。メルボルン近郊では約1万平方メートル規模の植物工場計画もあり、年間数千トン規模の葉物野菜の生産が計画されています。これは植物工場が土地の制約だけでなく、安定供給や省力化を実現するための世界的な選択肢になりつつあることを示しています。

■失敗から学び、成長期へ向かう植物工場

日本では2000年代以降、多くの企業が植物工場へ参入しましたが、多額の初期投資や電力コストなどから撤退や事業縮小も相次ぎました。完全人工光型植物工場では電力費が運営コストの3割から5割程度を占めるケースもあり、事業化には高度な経営判断が求められます。

しかし、こうした失敗や淘汰の経験は決して無駄ではありませんでした。多くの試行錯誤を経て、植物工場事業を成功させるための条件や課題が以前より明確になっています。

植物工場が露地栽培や温室栽培を完全に置き換えることはないでしょう。しかし、多くの課題を抱える現代農業において、その役割は今後さらに大きくなっていくと考えられます。

■日本の栽培ノウハウは輸出産業になるか

日本には、生産者の経験や勘、観察力、改良の積み重ねによって培われた高品質生産のノウハウがあります。AIやセンサー、環境制御技術の進歩により、こうしたノウハウをデータ化し、再現可能な技術として標準化できる時代が到来しています。

植物工場は外部環境の影響を最小限に抑えられるため、日本で培われたノウハウを「栽培レシピ」として再現しやすい環境を作り出すことができます。実際に、日本企業の中には施設園芸技術や環境制御システム、植物工場関連技術を海外展開する動きも見られます。

そのノウハウを設備、制御システム、ソフトウェア、運営技術、知的財産を含めたパッケージとして世界へ展開できる可能性があります。

オランダが温室技術を、イスラエルが灌漑技術を輸出してきたように、日本も植物工場技術の輸出国として存在感を高める可能性があります。

自動車やアニメが世界市場で独自の地位を築いたように、日本の農業も「農産物を輸出する産業」から、「高品質な農産物を生み出す仕組みそのものを輸出する産業」へ進化する可能性があります。植物工場は、そのための有力なプラットフォームの一つになるかもしれません。

そうした未来を支える技術や取り組みに関心のある方は、7月15日から17日まで東京ビッグサイトで開催される「GPEC施設園芸・植物工場展2026」を訪れてみてはいかがでしょうか。企業や研究機関が集まり、環境制御や自動化などの最新技術が展示されます。

投稿者プロフィール

今林丈二
今林丈二
筆者:今林丈二(農業ビジネスコンサルタント)
農業ビジネスに従事後、2011年に渡豪。三菱ケミカルとビクトリア州政府による植物工場プロジェクト、日本品種いちご生産プロジェクト、都市型農業スタートアップ立ち上げなど、日豪間のアグリテック事業に参画。2025年に帰国し、現在は東京を拠点に、豪州農業企業の日本市場開発をはじめ、日豪間の農業ビジネスをつなぐ活動に従事している。
メールアドレス:joji.imabayashi@fruitfulinsights.com.au 

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