共同通信アグリラボ 育成権者保護に舵切る種苗法改正 農業者保護とのバランス重要(その2)

矢野経済研究所フードサイエンスユニット理事研究員の清水豊氏は、12月18日号掲載のその1で「農業者の自家増殖について品種育成権者の許諾を必要とした点が問題視され、改正案成立反対を目指す動きにつながった」と指摘した。

■農水省の主張の妥当性

これに対して農水省は、自家増殖への規制は「登録品種」に限定するものであり、現状、コメでは84%、ミカン98%、リンゴ96%、ブドウ91%、バレイショ90%、野菜類の91%が「一般品種(※)」であり、規制はかなり限定的であること、また、その許諾料が生じる場合があったとしても、多くの登録品種が国や都道府県の機関が開発した品種であれば、10㌃当たり数円、一本当たり数十円程度の負担にとどまるため、大きな生産者負担になることはなく、むしろ、こうした優良品種が海外に無断で持ち出されることを防ぐことに役立つと説明している。

※「一般品種」:①在来種、②品種登録されたことがない品種、③品種登録期間(25年)が切れた品種

農水省は「登録品種」は全体の15~10%程度しかないと説明しているが、この数字はあくまで品種数の割合でしかなく、実際の栽培面積や生産量で考えると、登録品種の割合はもっと高く、コメでいうと栽培の実績がある品種に限れば、登録品種の栽培面積割合が50%以上に達している。さらにこうした登録品種へ依存は、都道府県でも大きな隔たりがあるのが実状となっている。

つまり品目、地域によっては、登録品種への依存度が非常に高い場合もあり、「15~10%程度しかないので影響は限定的」という説明は妥当でない。ただ、コメに関して考えるならば、登録品種への依存度の高い都道府県の種子更新率は100%近くまで達しており、必ずしも「登録品種が多い」=「自家増殖が多い」という訳でもない。

また多くの登録品種が公的機関が開発した品種であるので、仮に許諾料が発生する場合でも、大きな生産者負担になることはないという説明も、「当面は」という限定が付く。

というのも、18年4月に主要農作物種子法を廃止して、これまで都道府県が担ってきた米、麦、大豆など主要農作物の種子の生産・普及体制に終止符が打たれた。またその前年の17年施行の農業競争力強化支援法により、種子生産に関する知見を民間企業へ提供するよう公的な試験機関に促しており、種子の開発、生産、普及に関する事業が公的機関から民間企業に移譲される方向性が打ち出されている。

このような状況の中で、大資本の企業によって、現状の一般に広まっている品種をそのまま登録することはできないものの、少し別の機能性や特性を加えることで、新たに品種登録することは可能であり、中長期的に商業生産される登録品種が公的機関によって登録される品種とは限られない状況が生まれつつあるからである。

■「育成者権」と「農業者」の保護のバランスこそ重要

植物遺伝資源である種子は生きとし生けるものの命の根源であり、食料生産の根幹を成す資源であり、それは飼料として畜産物、水産物の生産にも直接影響する普遍的な価値物である。民間企業による適正な競争は歓迎されるものの、独占化、寡占化にはなじまず、公共の利益というものが優先される領域といえる。

こうした思想もあり、欧州連合(EU)は、穀類など主要作物の自家増殖は育成者権による規制の対象から除外しており、今回の種苗法改正では、登録品種に限定するとはいえ、一律にすべての品目について許諾制を採用する必要性はあるのか、許諾料の発生に条件を付するなど、検討の余地は大いにある。

ただ日本の優良品種の海外流出や育成者権をいかに守るかが改正種苗法の主眼であり、登録品種利用に条件を付し、その利用条件に反する品種の持ち出しを規制する点には異論は少ない中で、今回の改正種苗法における「登録品種」の「自家増殖の許諾制・許諾料」についてのみ、問題視する風潮が強い点には若干の違和感がある。

現代農業は品種改良、新品種により、高収量・安定生産を実現してきた。育成者権という知的財産権を守り、より農業者の利益に資する品種開発を促すことは間違いなく、農業者と農業の発展に寄与する。

そうした視点に立てば、「育成者権」の保護とその利用者たる「農業者」の利益保護は、そのバランスの問題であり、一定の共通の価値基盤を有していると考えられるからである。

大資本の企業による寡占化、独占化への懸念や問題は、資本主義の市場経済においてあらゆる産業界で顕在化しているが、農業界にあっては、知的財産権があまり重視されてこなかった。

まずは「育成者権」保護に舵を切りつつ、行き過ぎた寡占化・独占化については、独占禁止法などの法理も活用して、利用者(農業者)保護とのバランスをとりながら、農産業全体の活性化を図っていくべきだろう。(共同通信アグリラボ「めぐみ」掲載)

矢野経済研究所フードサイエンスユニット理事研究員 清水豊) 

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